新しい収賄者 6
以上の二つの波は、たがいに補完しあって買収をつぎつぎとくりひろげます。
逆説的なことに、社会主義諸国において現行の買収を引き起こしたのは、私的な波です。
私的な波はトップ層によって独占され、トップ層は都合の悪いあらゆる模倣をくいとめることに気を配りながら、階級の主たるしるしとして汚職をおこないます。
公的な波は、依然として私的な波よりも伝統的なものであり、よりラテン的です。
買収の利益が隠し所得の一定の再分配様式をとり決める基準にしたがって配分されるかぎりにおいて、この公的な波はすべての人に開かれているのです。
資本主義が疑う余地のない勝利を収めたまさにこの時期に、はたして資本主義がこの二つの波をまともにくらうかどうかを見てみることもむだではありません。
この二つの波はかならずや共鳴作用を起こし、資本主義の初期に似た新しい質的な急変を引き起こすにちがいないでしょう。
ただし、その方向は逆向きです。
つまり買収は、低い軌道から高い軌道へと移りつつあるのです。
それゆえ(宗教、国家といった)さまざまな事情の重なりによって、あまりにも長い間くいとめられてきた買収の社会的本性が、駆け足で戻ってくるでしょう。
このことに感動すべきなのか、それを喜ぶべきなのか、あるいはこのことに無関心でいるべきなのでしょうか。